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私のカラダのこと

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初めてここでお会いするみなさん、初めまして☆

STEEZ・K パーソナルトレーナー 近藤みつえです。
ブログまでいらしていただいて感謝いたします。


私は去年の9月17日、クライアント様をお待ちしていた午後2時前、突然、脳梗塞を発症いたしました。

(お役に立てるかわかりませんが今書けるだけを文章にします。
思い出したことは追加していったので纏まりがない部分や読みにくかったらすみません)


ーー発症ーー(実感した発症時)

朝目覚めた瞬間、何気なく左手を触ったとき自分の皮膚がゴムのシートのように感じる。
(この時まさか脳梗塞の発症しているとはもちろん思っていない)
いつものようにコーヒーを飲んでいる時に手にしていたスマホを落とす。スルッと抜け落ちた感覚。
1,2分間で3回ほど落とした記憶。


ーー発作ーー

クライアント様が来られる時間が迫っていたためコーヒーを置こうとしたがグラスを落とす。
(手のひらが下に向くため肘から肩までねじれたまま肩甲骨も解けるように滑り落ちていた)

入口に行こうと一歩足を出した瞬間、ものすごい目眩に襲われ天井がグニャグニャになった後、目の前が一瞬で真っ暗に。

これと同時に左の腕(肩関節から指まで)と股関節が溶けるように力が抜け、ぶら下がり。。まるで操り人形のようだった。。

廊下の壁にもたれ右半身をこすりながら前に進みお客様のスリッパを直そうとしゃがもうとした時。。
一瞬よぎった思い。。
「もうアカンかも・・このまま前に倒れたい。。倒れたら楽になるかな。。」
(どこかが痛いというわけではなかったのですがこの瞬間は言葉では表現できないです。
『あれっ?あれっ?あれっ??』という感じ。)

ーー異変ーー

自分で自分を呼び戻し、クライアントさまが「こんにちは!」といつも通り元気に入ってこられました。
着替えをお待ちしている間にしゃがんでみる。そして左手をスニーカーで踏んでみる。
「えっ???何にも感じへん!!痛くないけど!!えっ???なにこれっっ!!!!!!」
(ここでも脳梗塞なんて全く思っていない)

顔や態度にはもちろん一切出さずに全身にものすごい力を入れたまま一時間のセッションを終えます。
(このクライアントさまにも退院後すぐに伝えました。驚いていましたが今でもいらっしゃってくれています)

ここまで一気に想定外の異変に襲われると人間、病気などと思わないものなのですね。
何で??何で??とは思うのですが『いつも通りに』動こうとしていた気がします。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
クライアントさまをお見送りした後、救急車ではなく病院に電話。
(救急車を呼ぶという考えは全くなかったので)

『状況からしてそのまま入院の可能性があるかもしれません』とのこと。
(この時点でもまだ怖さもなし。入院になったらみんなが困る!予定してくれてるのに!!病院からメールしよう!それだけ。)

人に頼みたくないけど。。
私は知人に来てもらった後、シャワーをしました(ここでも慌ててない。お湯なのか水なのかわからなく、シャワーが当たってることすらわからなくなってたのに・・)。
着替えさせてもらい(左半身のせいでパンツもヨロけて履けない。髪の毛は指先でゴムが回せず)、
急かされそのまま何とかビーサンを履きます。(靴下も左半身使えないからダメ。靴もダメ。)

車まで行くほんの少しの距離だったのに左側のビーサンが勝手に脱げ、左足はアスファルトの上を歩いていることもわからず、
気が付く度に何度も戻って履き直しました。(足の指までダメです)

『外を裸足で歩いていて凸凹が全くわからないけど。。』
(ここでもおかしいとは思っているけど何かわかっていない。現在、後遺症このままです。靴下、靴、すべて当たっているとか履いている感覚全くない、、ということは冷たい床などで冷え切っていてもわからなかったです。はい、これも試してみました。どこまでなのか知るために。。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーー病院ーー

救急の方から入り知人に手続きしてもらう。

集中治療室に入る前の検査。
ストレッチャー。

検査後ベッドに戻ってすぐドクターが来る。

『脳梗塞です』

『えっ!!私が脳梗塞ですかっ?!』

このやり取りの後、布団をかぶり、涙までの感情まで全くたどり着かず。。
何かの気持ちが湧いてきたのですが覚えていません。

脳梗塞。そしてこれによる左半身感覚障害の診断結果。
痛みも温度も質感すべて、わからなくなる感覚障害。
(病院行く前のシャワーの時、温かさもお湯が当たっているのすらわからなかった理由)

50代でなっても「若年性」と言われるこの病気。
なのに私の発症は42歳。

神様、、もう少し待ってくれたらよかったのにな。。

いちばん悔しかったのは原因がわからないということ。
生活の不摂生でなったのなら少しは納得する。
でも高血圧も不整脈も、糖尿病も一般的に言われてる原因なんて全くないのに!!
この時は私の脳梗塞の原因はわからなかった。

心電図のためのコード数本、種類の違う点滴4、5個。そしてここから伸びるチューブ。繋がれたまま2週間近くベッドと車椅子のみで過ごすことになります。
トイレにも付けたままで。

ドクターが「近藤さん、もう一回、血液調べさせてください!原因何か見つかるかもしれないので!」と何回も伝えにに来たのを覚えています。
(採血中に目が覚めたこともあったのですが左に刺さっていても全くわかりませんでした。
細かいシビレが勝っているので痛みの感覚ゼロです。)

結果、1000人に1人ほどの確率であるらしい血液の異常だと聞かされました。
(前例が少ないタイプでデータも多くないそうなので何度聞いても先のことはわからないそう)


ーー入院中のリハビリーー

左手で細い筒に爪楊枝を入れたりこよりを縒ったりすることから。

左手では紙コップも持てず。髪もくくれない。
動かない腕に点滴で動かせる範囲もない。

この時だけは悔しくて自分の左手を何度も殴った。
殴っても痛くない。。
感じないし持てないし、こんなんだったらなくても一緒や!
(動かなくなったことは手足が悪いんじゃないのにね。。)

正直こんな気持ちでした。
(この表現が不適切に感じられた方がいたらごめんなさい。でも私の当時の本心を伝えます)

リハビリの時だけは立たせてもらえました。
平行棒でも怖くて全く歩けず平行棒すら握れず。もたれると肩が溶ける(抜けるように脱力する)ので結局入院中はできず。。
手で握れないからと肘を平行棒にかけると肘→肩が抜けダランとなる。。よろけ、よろけたはずみで股関節が溶けるように抜け、足首がどっちに向いているかわからないため着地困難で一旦ストップ。
(感覚障害は打っても切れても折れても火傷してもほとんどわからないためドクターからの厳重注意は今でもこの3つを気をつけること。)


長年普通の人よりも体を使ってきた自分にとって味わったことのない絶望感とものすごい悔しさと辛さとこのままで終わるかもしれないという怖さで本当におかしくなりそうでした。

母親と妹が来てくれた時も『なぜ四国にいるはずなのに今自分の眼の前にいるのか』すらわからなく、その時の記憶は微かにしかありません。

どうしてもどうしても待ってくれているクライアントさまがいるからとドクターに無理を言い、2週間足らずの入院でリハビリも自分でやると強引に退院し帰ってからの2日間でどうにか戻さなければいけない!戻したい!
このままなんて絶対嫌だ!!!
退院後1日だけはスティックを使いましたが歩道から落ちそうになり10日以上も車椅子だったため外で歩くことはできませんでした。
身体のどこがどうなってしまったのか分析したい!!
動かせるよう力の入れ方や抜けてしまったところをフォローするのに必要な筋力と筋肉はどこなのかを徹底的に探ってやる!!!

(集中治療室では独りで歩くことはもちろんトイレにも好きな時にも行かせてもらえません。
便座から車椅子への移動も全てがナースコール。
独りで立っても歩かせてももらえないということはどうして?
自分の体のどこがどうなってるのか退院するまでわかりませんでした。)

お会いしたクライアントさまにお話し、安全性についてもお話ししお仕事再開し現在に至ります。



毎日のセッション後にジムで、公園で、大きい筋肉はもちろん指一本一本まで動きを確かめ、鍛え、次の日の仕事に備えるという日々。。
肩から手首まではどうしても抜けるのでテープでダンベルを固定して腕のトレーニング。)
抜けてても負荷のかけ方さえ感じられればできるから。


ブログでずっとシリーズ化していた子宮筋腫もこの時に見つかったものでした。
筋腫を取るだけの腹腔鏡のオペなら6日目には退院だったのですが一か月もかかった理由は血液のサラサラ度の数値を上げるために必要な期間だったのです。(やーっと理由が言えました)

ーー子宮筋腫の手術と脳梗塞のリハビリとーー

脳梗塞のリハビリをしながらオペに備える。
私にとっては子宮筋腫の手術はおまけのようなもの。
涙も出ないほどのショックな出来事があった直後の私にとっては切って、出して、そして放っておけば患部も切り傷も治るオペなんて全く大したことではなかった。
処置の後は放っておいてドクターに任せておけば治るまでケアしてくれるものと、もう二度と治らないものになったものとは全く気持ちが違うから。
痛みの感覚がなくなっている左側の切った部分の痛みがわかったらいいのに!と痛み止めは最後まで飲まず、どこまで痛みを感じられるのか、
もし感じたらどういう痛みなのかを体験そして実験している自分がいました。

ーーオペ前ーー

脳梗塞の血液コントロール中の子宮筋腫のオペか。。
貧血で血がない状態からやっと正常に戻ってきたのにまた血が減ってしまう。
血液の量も質も身体の動きもせっかく仕事には支障ないくらいになってたのに。。

脳梗塞は発症してから初めの半年間をどう過ごすかで今後に圧倒的な差が出ます。

その半年がもう直ぐなのに今からまたベッドの上なんて。。
(子宮筋腫のオペだけなら1週間ほどで退院ですが、血液のサラサラ度を入院前の数値に戻すためほぼ1か月間の入院でした)

ヘソから腹腔鏡を入れ、筋腫出すために3か所切ったらお腹に力が入らなくなることは想像していた。
表面切る痛みだけじゃなく腰の骨まで圧迫していた筋腫を出すということは痛みには耐えられても力が入らないだろうと。。
そんなに後ろまで触るのか。。
インナーは無理やな。。腸腰筋、これはもっとダメやろな。呼吸筋はどこまでいけるかな。。脚を引き上げてくれる筋肉が使えなかったらすり足になるな。。
前脛骨(筋)やったら助けてくれるかな。
あ、食事のプレート自分で持っていけるかな。。と『オペ後こうなってたらこうしてフォローしよう』と自分用メニューをオペまでに作ってイメージの日々。

そしてオペ後、全部が想定内の自分の身体。

ベッドサイドに座って足の曲げ伸ばしとスクワット(足は上がらなくてもできるから)、廊下にあったカウンターで腕立て、廊下でのウォーキングも全部点滴に引っかからないようにして。。。
(婦人科でこんなんやってる人いないですよね。でも私はこのくらいしないといけないかったしこれだけやっても足りなかった。だって、、ね。。
点滴につながれたままでしたが食器持って廊下歩いていると看護師さんたちに『本当に脳梗塞の患者さんですか?』と言われたことが
励みになって嬉しかったな。。)
横になってる時には手の指、足の指、両足上げての腹筋(オペ前)、首トレと顔と舌トレも。。
そうそう、集中治療室から続けていた「早口言葉」も小さな声で。。数え切れない。。
できることは何でもしました。
(変わってしまった身体が悔しくて。寝てしまったら全部リセットされてしまいそうな気持ちに取り憑かれクタクタ状態)


ーー気持ちと後遺症ーー
40年以上も一緒にいた身体が変わってしまった。この変わった身体に早く慣れなければ。。
正直、発症後の数ヶ月間は仕事以外の時間はショックから這い上がれなかったこと。
発症前に行った場所へ行く度にその時とは違う自分になっていることに涙ばっかりで。

お客様に自分の身体を好きでいてあげてと言いながら自分の体が大っ嫌いになりそうだった。
好きなのに嫌い。。嫌いになりそうだけど好き。。。。やっぱり好き!
大好きな両親、おじいちゃん、おばあちゃんを受け継いだ自分の体をもう少し大事にしないといけない。

(後遺症を書きます。長くなりますがストレートに。感覚を司っている脳の部分が壊死するとこうなるんだと体感中。こうなってしまった以上、何か先に繋がることに使いたい。サイトにも本にもここまでの症状細かく書いてませんでした)

左半身の痺れ。
本当に左だけ。右もちょっと異変はあるけれど感覚で言うと本当に『真っ二つ』。
頭、顔、首、肩、横っ腹、お尻も半分だけ、腰、お腹、足まで全て24時間休みなく。

正座のシビレが大きいものだとしたら、小さ~い細かーいシビレが左半身に24時間ずっと。
一瞬たりとも止まることは一生ないと現時点では思われる。多分ない。

お尻はいつもよく分かる。半分のお尻ビリッビリ。
トレーニング時は効いてるのはミラーと筋肉のハリで大体分かる。
朝、今日はマシかも!よかった!と思っても夕方から夜になるにつれて痺れてる部分が上に上がってくる
顔の半分。特に耳。こっちを下にするのは熟睡してる時以外はできない。
『感覚ないのに何でシビレだけこんなに分かるねん!半分いらんわ』つい出たのを覚えている独り言。
痺れてるけれど打ったり切ったりしても何よりもシビレが勝つ。

ファンデーションのスポンジが顔の上を滑った時、細かいシビレが波紋のように広がる。
アイシャドーブラシ、固めのアイライナー、インラインは特に気合。
左手で髪の毛を触ると質感が剣山触ってるよう。
シャンプーはシャンプーブラシ使うと剣山でこすってる感覚。
シャワーはもちろんお風呂に浸かると温かさとお湯に使ってることはわからない。
ドライヤー、熱風かどうか左地肌も手もわからない。が乾いてきてるのかはミラーで見ながら。
洗濯物は半乾きかどうかはわからない。(右手でチェックし治すから2度手間)
服も着心地や質感わからない。(いい服も損した気分)
タオルで拭くときは抑えるように。
口の中は歯磨きやほっぺの裏噛んだ時に感覚あって嬉しい。
目薬もわかるので眼球神経セーフ^^
注射は全く痛みなし。
薬で血液サラサラにしているので少しの出血も止まりにくく打撲で内出血したら少しでもかなり広がる。
爪切るのが一番怖かった。
真冬のウォーキングでいつもの癖で腕まくり。寒さもわからない。左だけ袖を下げ忘れ2時間歩き凍傷。全く気付かず。

マッサージやエステも気持ち良さわからへんねんから半分で半額にしてくれへんかなぁ。。
ボックスに穴が開いてて手を入れて何が入ってるか当てるゲームやったら何入ってても全く分かれへんねやろな。。と、アホなこと思う時もある。


発症する一ヶ月前に公園に捨てられていた三ヶ月だった子猫のなっちゃん。
ウォーキングしていたクライアント様と一緒にジムにつれて帰りました。
もっともっと触ってあげていたらよかった。
13年前に新地の店の帰りに拾った猫のスーちゃん。
あの日の朝、私が起きた時には顔の横で座ってくれていたね。『あれっ?あれっ?!!』って言ってる私を不思議そうに見ていました。
これからもみんなのぬくもりを右手にしっかり焼き付けていきますよ^^



でもね、(もしも!!)自分の周りの大切な人の誰かが同じようになったなら、私は今よりもっともっと辛かった。
そう思ったら『うん、そう思ったら私でよかった!』と思う。




やっと暖かくなって気持ちも回復しつつあった(かもしれない)ある日、公園でベンチに座って木を見上げた。
いろんな方向に伸びた枝が、脳の血管に見えた。モニターに映っていた私の脳の画像を思い出す。
冬で葉がなかったから。余計に。。
大好きな太陽に当たっていた時気付いたこと。
左半身もTシャツの跡がついて日焼けしているのに全く暑さを感じない。
右手で触ると『よかった、ちゃんと暖かい』ビキニでもう寝られないね。。ずっと起きておかないとね。

何でも右が頼り。
右手で左半身触っても左手で右側触っても左手で左側触っても本当のちゃんとした感覚はもうわからないみたい。

24時間くっついてる左側が病気を忘れさせてくれません。

『はいはい、これに耐えられるようになれってことですね』と前向き(?)に勝手に解釈。



でも嬉しいことがこの夏わかったんです。

『かゆみ』はなぜかわかるんです。
掻くとシビレが広がりますが、痒さが嬉しい今年の夏。


一日たりとも休めないリハビリと。そしてオペ。この前後は短いブログを書くだけで精一杯でした。。
お会いした方にしか言っていなかったのでブログ読んでくださっている方にもお伝えしていませんでした。

入院時のブログでも『事故ですか?』とご心配してくださった方々、驚かせてごめんなさい。

辛すぎて悔しすぎてここまで冷静に文章書けませんでした。
でも人生書いていくと決めたブログだから。。

いつか、書けるようになったら書こうと思っていた言葉を思いついたまま書いているメモやノートがたくさん。
感情が文字に出ていてここまでの思いがそのまま残っています。まともな字はほとんどないけれど。




2013年、父親が天国に行ってしまった辛さからここから食事も水も極度に減りトレーニングもできなくなる。
やっと悲しみから立ち直りかけてトレーニング軽く再開できるようになった矢先の発症。

2015年入った辺り。。この辺りから少しづつ始まったであろう体調の変化。
トレーニングでも汗の量が減ってきていたし前兆には少し気がついていた。
まだ残っていた悲しみと、トレーニングがまともにできなかった期間を埋めようとする気持ち、その時期はそれだけだった。

こうやって文字に書くと怖いけれど、どんなことが起こっていてもまさか脳梗塞なんて考えもしなかった。
突然の異変に頭がついて行ってなかったのですね。
身体は必死に訴えてたのに。。

クライアントさまが「こんにちは^^」と入ってこられた時、長年の〝反射”なのでしょう。『こんにちは!!』と笑顔になった。
だからその瞬間にちゃんと自分が帰ってきてくれたんだと思う。
トレーナーになってからの10年以上の間、自分の体調で一日も休んだことのない私には「すみません、今日は、、」なんて言葉は浮かびもしない。
自営業でどんなことがあっても店に立って笑顔で接客する両親を生まれた時から見ていたからなのかな。
うん、多分そう!
精神的に強いとかではなく、それが普通のことなのです。私にとって。


病院行く前にシャワー入ったの!? 早く病院行かないと!! 私も知人友人ならそう思ったでしょう。

でも本当に後悔していないんです。

綺麗事でもなんでもなく。


9月に発症して、2週間で仕事には復帰していますが、仕事以外の時間は、落ち込み、もがき、リハビリに明け暮れた長い長い冬でした。
あの日のあの時間にクライアント様の予約がなかったら。。

二度寝して数時間後に起きていたら。。

どうなってたんだろう。。 

そんなことばかり考えていた長い夜。


このことを知っていても今もずっと笑顔で来てくれているクライアントさま、そして温かく聞いてくださった友人知人、関係者の皆さまに心より感謝いたします。


もう大丈夫です!書いたことすべて慣れましたから。 
動きも全て、自分以外からは全くわからないくらいにカラダ戻してやりましたよ!!!!

↓(感覚を司っている部分を例えて)
『まあ、電線が切れたと思ってください』とドクターに言われたあの日。

『ちょっと言い方ーっ><』(ため息)


壊れるかもしれない限界までやった(というよりもう壊れてもいいと思ってやってました)私が行った強引なリハビリは誰にもオススメできませんが、身体を知らなかったらここまで戻れなかったことは確かです。

私のトレーナー人生のポリシーである「自分に何かあった時こそ自分を教材に!」の思いを強く持って今後も自分を勉強に使っていこうと思います。


飲酒運転の巻きぞえの事故に遭い、痛めた自分の身体を治すために身体の勉強を始めた。
これが長年経った今でも少しでも誰かのお役に立てているなら、今度はこの経験を使って『もう一度!やろう!』
こうなったからわかることがたっくさんあるはずだもの!





グーパーグーパーなんかできたって私の仕事は復帰はできないんですっ!!
私も少しは知識あるから自分でやります!
今は動かなくても自分でやるから帰らせて!!
ビーズなんて通してる時間ないねんっ!と。。。はい、無茶苦茶です。
困らせてしまったドクター、そして理学療法士や作業療法士の先生たち。ごめんなさい。
(このドクターは今も定期的に会ってますが 笑)


でも!!私はこの自分を実験台にしたハードなリハでよかったと、今は心から思ってますm==m

足首の筋肉がすごく使えるウォーキングもしてますよ^^
『あの時脱げた』ビーサンで・・





もっともっと人のために勉強しなさいと、役に立てることたくさんしなさいということなのでしょう。
そしてこれが運命なのでしょう。
初めての入院が集中治療室でしたがこの期間、今まで考えたこともなかったことをたくさんたくさん考えました。

外にいつでも出られること。
誰かと会えること。
話せること。
食事ができること。
歩けること。
電車に乗って出かけられてお店に寄ってコーヒー飲んだりできること。
トレーニングできること!


普通のこと。これがすごいことなんて思ってなかった9ヶ月前。。

自分の人生。
これ以上後悔ないようにやっていこうと思っています。

死を覚悟した瞬間があった。寝たきりになったかもしれなかった。
もうみんなと逢えなくなっていたかもしれなかった。

もう何も怖くない気がしています。

ーー最後にーー
長い文になりましたが読んでくださったみなさん
本当に本当にありがとうございました!
貴重なお時間を本当にありがとうございました!
驚かせてしまった方ごめんなさい!
人生はいろんなことがありますね^^
今後のいろんな覚悟もできました。
お仕事もブログもいつも通り続けていきます。
楽しく前向きに皆さんと笑っていたいと思います☆

★身体のお仕事の皆さんへ★
ここでご縁があったことに嬉しく思います。
脳梗塞の当事者として、トレーニング、リハビリなどでお役に立てることや
お手伝いできることがもしありましたらいつでも連絡してくださいね!
今回のことも今日でオープン^^
誰にも何も隠していませんのでお気になさらず何でも聞いてくださって大丈夫です!


今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2016年7月6日     近藤 みつえ
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プロフィール

Mitsue.

Author:Mitsue.
★AFAAパーソナルトレーナー
★AFAAフィットネストレーナー
★AFAAマットサイエンス・インストラクター
(国際ライセンス)
AFAA↓
(AEROBICS and FITNESS
ASSOCIATION of AMERICA)
★ストレッチポール インストラクター
(日本コアコンディショニング協会)

★肥満予防健康管理士
(日本肥満予防健康協会認定)

★防火管理士

★書道師範(笑)

★普通運転免許 MT AT
(マニュアルが好き)


パーソナルトレーニング
専門ジム
STEEZ K 代表

  ☆☆HP☆☆

現在リニューアル中です M==M

メールから24時間カウンセリングもレッスンも受付中です☆
お申し込みお待ちしております!!

運動もストレッチも初心者の方大歓迎です♪どうぞお気軽にいらしてくださいね

dynfj225@yahoo.co.jp

長年の接客業(北新地)の現役中、
猛勉強の末
パーソナルトレーナーの
国際ライセンス取得。
高齢者の方々のリハビリ
のお手伝い、
大学の筋力トレーニング専門
トレーナー、
肥満外来のある病院での勉強経験
などを経て
現在、
マットサイエンス(ヨガ・ピラテスを
合わせたエクササイズ)をmixしながら
ダイエット・ボディメイキングを
メインに活動中。
書道家でもある。

知り合えた皆さんが、今よりもっと
キレイに、健康になってくれる事が
私のいちばんの喜びです!


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